ある一人の漁師が、波に漂う一匹のタコを見つけた。
その日は、朝から何一つ獲物が取れず、
途方に暮れていた彼は、喜び勇んで網を入れようと船を近づけた。
すると、穏やかに漂っていたタコは、突然体から大きな衣を出し、
船共々、漁師を一瞬にして海に引きずり込んでしまった。
漁師と船が跡形もなくなった海は、
いつものように、静かに凪いでいた。
ここ、若狭から程近い丹後の地に、
古くから伝わる妖怪「ころもだこ」伝説である。
現実の世界も又、海というのは、本当に不思議で偉大なのだ。
この広い広い海には、まだまだ、未知の生物が
いるに決まっているのだが、我々が知ることができるのは、
ほんの一握りなのかもしれない。
例えば、最近はかなり解明された感がある深海などがいい例だ。
海溝深くに探査船「しんかい」が潜り、そこから送り届けられる映像に
宇宙的な神秘さを感じるのは、私だけではあるまい。
さて、対岸からの「実況中継」に熱が入る彼らだが、
相当な驚きから、しばらくたち、
彼らは幾分冷静さを取り戻したようだ。
冷静さを取り戻せば、興味が湧いてくるのは人の性かも知れない。
彼らの場合も、ご多分に漏れず、どうやら捕獲に乗り出したようである。
暗くて離れた場所でも、彼らの動きは手に取るようにわかる。
多分、エギで引っ掛けようとしているに違いない!
そう、私がやったように。
「ん?私がやったように?・・・」
そうなのである。
思い起こせば遠い昔。
実は、私も波に漂う「得体のしれない怪物」の捕獲を試み、
見事ゲットした経歴から、今、彼らの捕獲シーンが、
まるでデジャヴのように、わたしの脳裏に鮮明に映し出されている。
その一部始終はこうだ。
頭はイカ、体はタコと云う奇怪な生物は、
相当、弱っているようでほとんど動かず、
ただ、波に漂っているようだった。
この姿を見たのは、実は初めてではなかった。
いつだかの釣行時、砂浜に打ち上げられた、見たこともない生物。
全身の皮が剥けており、真っ白な体は相当肉厚で、
モンコウイカのように見えたのだが、少し腑に落ちない。
どうやら、イカではないようだなぁ・・・では一体これは何なのだろう?
波に漂う未知なる生物を見た時、
あの時、砂浜で見た過去の記憶と、目の前の怪奇生物が結びつき、
長年の疑問が解けた得も言われぬ至福の空気が、
夜の漁港で釣竿を片手に、一人興奮する私を包んだのだった。
そう回顧している私をよそに、
彼らの捕獲は、どうやら決着がついたようだ。
再度、彼らの声が大きくカン高くなり、より一層の興奮が
真っ暗な漁港に沸き起こっていた。
それは、捕獲に成功した「喜び」の興奮と、
実際に、妖怪を目前にした好奇の興奮であった。
「タコや!タコ!タコ!」。
一人が、やたらとタコを連発するところからみても、
彼らの相当な興奮ぶりが見て取れるのだが、
同じ、この釣り場で、彼らの実況中継を、
放送時間いっぱい迄聞いていた、他の釣り人達は
果たしてどの様な気持ちになっているのだろう?
あるものは、「一体何が釣れたんや?」と、
彼らと同じ好奇心に駆られるだろうし、
あるものは、「・・・」。
くだんの出来事には、
全く関心がなく、自分の釣りに集中していることだろう。
そこで、私の気持ちであるが、
「あぁーあ。やってしもたな~。犠牲者がまた出たか」。
正直な気持ちであった。
その気持は、妖怪「ころもだこ」に出会った漁師が、
海中深く引きずり込まれる光景を、間近で目撃したような
なんとも言えない、別の意味で、恐ろしい気持ちになったのだった。
恐ろしい気持ちとは、私の過去のトラウマから来たものなのだが。
釣り上げた妖怪は、すぐに皮がボロボロと剥がれ始め、
それはそれは、本当に奇っ怪な姿を晒していた。
持ち帰るかどうか?
そこで、私は今後を左右する、大変重要な選択を迫られた。
結局物珍しさと、奇っ怪だが「タコ」だ!と判断して持って帰る事にしたのだ。
鯖街道には、道中、釣具屋が数軒並んでおり、
私は、その内の一軒に「釣果を見せる」のが通例になっており、
過去には、今は無き週刊つり雑誌「釣りサンデー」に、
釣果を持ち、言われるがまま、ニコニコとした私の写真を
、大きなカットで載せてくれたりもしたものだ。
「今日は、変なん居たわ」
「へっ、何がいたんや?」
昼過ぎで、業務が少々暇になった親父さんが、
早速クーラーを覗きに来た。
「うわっ!コレ、ころもだこやんか!?」
「ん?コォ・ロォ・モォ・ダァ・コォ。コロモダコ?」
初めて聞いた名前だが、何故かしっくりきたのは、
昨夜の出来事があったからにほかならないのだが、
それにしても、コロモダコとはよく言ったものだ。
「コレなぁ。アカンで。毒持っとるで。」
「えっ?毒?」
「コロモダコ言うてな、そんなもん食べへんから、捨ててしまうもんなんや」
「そうなんかぁ。どうりで、皮がぼろぼろとめくれてたわ。ホンマ衣やなぁ」
「持って帰っても困るやろ?コレは、捨てといたるわ!」
「ありがとう、おやっさん」
こんなやりとりから後、妖怪の全体像をつかむことができた。
映像も、「珍しい生物特集」ということで、TVで見ることもできた。
コロモダコは方言で、本名はムラサキダコ。
オスが2~3cm位なのに対し、メスが極端に大きく、
最大級になると、体長50cmほどになるという。
だから、私や彼らが捕獲したのはメスと言うことになる。
コロモダコという名では、若狭から山陰地方に掛けて呼ばれており、
例の「妖怪ころもだこ」伝説も、若狭と山陰の間の丹後地方での伝承だ。
コロモダコは、泳ぐのが苦手な様で、
あっちへ行くのも、こっちへ来るのも波まかせで、
私が、捕獲した時も、別段弱っていた訳ではなかったのである。
そのような体裁なので、ウツボなどの天敵に襲われると、
普通のタコなら、墨を吐き、足をすぼめて一目散に
ジェット噴射で逃げていくのであるが、
こいつの場合は、なんせ、海に居るくせに泳ぎベタなので、
素早く逃げることができない。
代わりに、一体何処にどの様に仕舞ってあるのか、
口の下辺りから大きな膜を出し、敵を驚かせるのである。
大きさにして、4~5mはあろうかという大きなものなので、
有に体長の10倍ほどの大きさがあるわけである。
この場面なんぞは、将に、コロモダコが、コロモダコたる所以ではないだろうか。
伝説の一つやふたつ出来たって不思議ではない、オドロオドロしい光景だ。
おまけに、幼少の頃は、有毒クラゲの「カツオノエボシ」を
食べるため、その毒を体内に相当溜め込み、無闇矢鱈に触ろうもんなら、
容赦なく刺しに掛かるらしい。
とても始末におえない奴なのだ。
さて、寸での所で、助かった私だが、
ある漁師は言っていた。
「あいつが掛かるとヨ~、網が汚れるやらヨ~、他の魚が汚れるでヨ~、大変なんだわヨ~」
妖怪「ころもだこ」伝説を生んだのは、
ムラサキダコを忌み嫌う、漁師達なのだろうか?
はたまた、「云うこと聞かんかったら、ころもだこが出るぞ!」と、
子供たちを叱るときの常套句であったのかは今となっては分からないが、
兎にも角にも、彼らが捕獲した「ころもだこ」が、
その後、どうなったのか、私には知るすべもない。
終
よろしければ、お一つクリックお願いします・・・( ´ ω ` )
押していただくと、ランキングに反映されるのです。
関連ブログもチェックできます(^O^)
Check!↓フッターにも季節情報があります