その名の通り、豆のように小さいクワガタだ。
大きさは小指の先ぐらいでちっとも目立たないうえ、
じーっと見ていてもほとんど動かない。
しかも、つまみあげると死んだふりをする。
こんなありさまなので、
おおよそペットショップなどでは並ぶはずがない。
ほとんど知られていないクワガタなのだ。
そんな彼らが、我が家にやってきたのは昨年の夏のこと。
いつもの山のいつもの餌場。
いつもは彼らより体の大きなカナブンやカブトムシ、
時には危険なスズメバチに占領されているこの餌場が
その日は珍しくあいていた。
いや、
正確には、あいていたのではなかった。
そこにポツンと彼はいた。
小さすぎて、しかも餌場のクヌギの木と同化し
あやうく見逃してしまいそうだったが、
そこにポツンと彼はいたのだ。
暫く眺めていたが、彼は全く動く気配がない。
そこで、手を伸ばし捕まえようとした途端
ポトリッ。
「おやおや、死んだふりか・・・」
どうやら、攻撃する術がない彼らは、振動や風の動き、気配などを察知し
身を守る手段として、擬死する本能があるらしい。
そんなことがあり、我が家のケースに収まったわけだが、
ケースでは、同じく山で収穫した「ノコギリクワガタ」や「ミヤマクワガタ」などの
諸先輩方と同居だ。
あ、それと、クヌギの停まり木を一本。
他のクワガタは、外見から雌雄の区別が難なくつくのだが、
彼は、オスなのかメスなのかわからない。
オスかもしれないし、メスかもしれない。
まさか、ニューハーフではないことは間違いないだろうが・・・
ともかく、外見から雌雄を判断することは、
このブログ「自然とあそぶ」が、ブログランキングで1位になるのと
ほぼ同じくらい難しいのだ。
我が家に来た彼には、日課があった。
それは、クヌギの止まり木を、小さいながらも強力な顎で、
「カリカリ」と穴をあけることだ。
しかも、穴は横にはあけない。
切り口から縦に開けていゆく、
いや、
開けるというより、掘り進めてゆくと言ったほうが正しいのだろうか?
あたかも、「山沿いの国道にトンネルを開通させる」ように。
飼育ケースを覗くと、ミヤマやノコギリは、自慢の大顎を振り上げ、
「どうだ、この自慢のアゴは!」と言わんばかりの威嚇をしている。
が、
その隣で、今日も彼は、黙々とトンネル工事を行っている。
やがて、夏が過ぎ、河原の虫の声が賑やかになるころ、
威勢よく大顎を振り上げていた連中は、一足先に逝ってしまった。
しかし、彼はそんなことも意に介せず、今日も黙々と掘り進めている。
クワガタには、カブトムシのように夏を越えれば逝ってしまうもの、
越冬し数年寿命を与えられるものが居るが、どうやら彼は後者らしい。
このころには、トンネルもどうやら雰囲気的に半分を過ぎたらしい。
正確には、中を見ることができないので何とも言えないが・・・
でも、彼らは何故トンネルを掘るのだろう
来るべき冬に備えて越冬のため?
隠れ家?
食糧?
繁殖?
答えはわからない。
しかし彼らは、一説によると子供(すなわち幼虫)に、
木を細かく噛み砕いて与えるという。
そのような、本能の持ち主であることは間違いないのだ。
さて、季節は冬、雪がちらつくころ。
彼のトンネル工事は、一時ストップしているようだ。
所在が心配になり、クヌギマットの中を探してみると、
例のごとく体を硬直させ、死んだふりをした彼が居た。健在だ。
どうやら、冬眠は、マットの中で行っているので、
少なくとも越冬用の巣穴ではなさそうだ。
やがて、春の空気を感じるようになると、
彼のトンネル工事は再開した。
年度末に、予算の消化のために躍起になって公共工事が増える我ら俗世間と違い、
彼の工事は、彼のペースでゆっくりと進められた。
やっとのことで、トンネルが開通したのが、
もうすぐ夏がやって来そうな、
6月の終わりのことだった。
それからほどなく、我が家に来てから2回目の夏を迎えよう
という矢先。
彼は、死んでしまった。
きれいに穴が開いたクヌギを残して・・・。
頑張り屋さんが、小さな体で大きな仕事をやってのけたのだ。
黙々と工事を行っているその姿に、日に日に愛着がわいていたのだが、
彼の栄光をたたえ、彼には標本になってもらい、今は標本ケースの中でじっとしている。
今度ばかりは、「死んだふりではない」。
そして、彼が残したもの。
それが、トンネルクヌギだ。
人間の手では、到底掘ることができないような
複雑怪奇な形状のクヌギを掘った、まさに芸術品のトンネルで、
今はカナヘビの「チビホ」が、春までの長い間の眠りについている。
Sige(完)
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